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  • 今田

横浜ぶらり散歩旅


どうもどうも。先週のヒルネット。

新年度も始まって、はや二週間。春休みが短いこともありますが、すっかり普段通り。いつものペースでのんびり楽しく活動しております。


とはいえ、変化ももちろんある。

今年、高卒認定試験に挑戦するメンバー。変わらずヒルネットに遊びに来てくれているものの高校に進学したメンバー。それぞれの春を過ごしてあります。

また、新しくヒルネットに活動に参加してくれることになったメンバーも。年少の小学生のメンバーがぐっと増えました!

そんな感じで、年長メンバーは高校生から年少メンバーは小学1年生まで、幅広く異年齢メンバーで、大家族の兄妹のごとくワチャワチャ元気に活動しとります。


そんな教室での一コマ。

こう見えても(?)モンテッソーリ教育のディプロマ資格を持っておるレイセン。手作業を大切してることもあってか、年少メンバーと折り紙に興じております。


一方そのころ、イマンモは何をしていたかというと。

小6年齢以上の年長メンバーと、リベラルアーツのグループワーク。

この日は、あるメンバーの「竹島って何なの?」というイデオロギー的に色々ありそうな問題を無垢な表情で質問してきたため、1910年の日韓併合から植民地の問題、第二次対戦後の冷戦と朝鮮戦争の問題、戦後日本と韓国や中国との問題、はては現在の国際情勢までを説明、みんなで議論しましたよ。


さらにさらに折り紙に飽きた年少メンバーたち。レイセンと一緒に絵本でブッククラブ。

ブッククラブとは、小説や絵本などを輪読。そのテーマなどをめぐるクエスチョンを皆で議論するもの。

ヒルネットでは、あーだこーだツッコミを入れたり感想を言ったり先の展開を予想したりしながら、絵本を読み進めます。

で、読み終わったら、感想とか印象に残ったところを文章にするか絵に描くか。お絵描き好きなメンバーの多いヒルネットでは、だいたいみんな絵を描いてます。


教室での活動のあとは、今年度ももちろん、井の頭公園を「散歩」。

この日は前年度からヒルネッター皆さんの中で収集が流行しておるムクロジという木の実を拾いに、井の頭公園内・通称「ムクロジ公園」に行くことに(ヒルネッターの皆さんは井の頭公園の各所に勝手に自分たち風の名前をつけております。。。。)

ムクロジは水で煮込むと石鹸になったり、穴をあけて紐を通すと数珠やアクセサリーになったりまします。


公園でお昼ご飯を食べて、ひとしきりムクロジ集めをした後。帰り道では、なぜかカモが水辺でなく陸の上をお散歩。

なんか可愛かったのでパシャリ。


さて。

ということで、先週のお出かけ探検活動。

今年度から、お出かけ活動は週末の金曜日になりました。

翌日休みの方が、後顧の憂いなく元気いっぱい外で活動できるもんね。


そして、先週のお出かけ先は、横浜。

古参女子ヒルネッターの「ひさしぶりに横浜を散歩したいんだよなあ」という一言により、「それも良いねー」ということで異論なく決定。

赤レンガ倉庫なんかを中心に横浜の街をぶらりと歩くことになりました。


さて、ここからは恒例。我らが事件記者(?)マロ殿の筆に任せましょう。

今年度になってもマロの筆力には磨きがかかるばかり。今年も楽しく活動記録を書いてね(ビミョーに「仕事」感が出てきている模様)。


それでは、ともかくマロ君、よろしくお願いしまーす!


〈この日。JR南武線、宇都宮線、湘南新宿ライン、京王線、都営新宿線などが一斉に遅延。その影響で皆が横浜駅へ集るのは予定を30分ほど超過した11時になってからのことだった。


 横浜へは毎年1,2回は必ず訪れる。横浜の中華街・上野の国立科学博物館や国立博物館・深大寺・川越などは皆このヒルネットでは年に1回は必ず通う場所である(ではあるが、川越へはここ1年行っていない。蚊が出てくる前に行きたいのだが)。それらと並ぶこの横浜は、毎年毎年メンバーの反応が真っ二つに割れるといっても過言ではない。簡易的に言うならば「中華街へ行きたい」グループと「人混みが嫌い・中華街の雰囲気が何となく嫌い」というグループだ。これらのメンバーたちはそれぞれが己の信念に従って行動するために昼食後は山下公園という場所で一度解散することが半ば通例化している。


 そんなわけで、人が全くいないところでは寂しいけれども人が多いところはうるさくて嫌な僕は、中華街に行かないことを半ば決定づけていた。けれども、やはりそういった考えは日に日に変わるもの。最近教室の近くにて旨くて安い肉まんの店を発見したこともあって食べ比べをしたいとも思い始めていた。


 つまるところこの時の僕は優柔不断だったというわけだ。ぎりぎりまで熟考することにしていたのだが、だんだんとその余裕もなくなってくることになる。なぜか。


 この前日、集合場所の決定においてひと悶着あった。それは桜木町駅集合にするか横浜駅集合にするかというもの。僕は古い記憶を頼りに前回の集合場所は横浜駅であったと結論付けた。前回集合した駅はとても大きく広かった印象があったためである。そんな印象に基づいて皆と話し合いをした結果、最終的に横浜駅集合と決定。誰もそれに違和感を覚えずにいた。


 そしてその日の夜。明日通る道をあらかじめ調べようと思い立って地図を見た僕は、事実を目にして戦慄していた。前回の集合場所からは「日本丸」という帆船が近くにあったと記憶しているが、地図で見るとそれは横浜駅からは2kmほど先、桜木町駅の近くであることが判明した。焦って前回の集合写真を見てみると、その後ろの駅には「桜木町駅」との看板があった。御嬢を中心に頑強に桜木町駅を支持していた彼らの記憶は正しかったのだ!


 だが、いまさらイマンモを通じて集合場所の変更などできるはずもない。せっかくなので2kmほど皆で歩くことも悪くはないと考えを改める。その考えがもろくも打ち砕かれるのも、この翌日のことであった。〉


〈まだ4月だというのに、気温は高く日差しも照り付けてくる。そういうわけで体感気温はざっと26度ほどだろうか。日差しを遮るもののない2kmを、幽鬼のようになった皆がとぼとぼと足を進めてゆく。ようやく第一目的地たる日本丸が見えてきたときには皆の目からは精気が失われていた。〉


〈そしてここで、予定外の事態が起きることになる。メンバーが1人、日本丸に乗りたいと言い出した。ここで乗れば、仮に30分で降りることができたとしても電車遅延などの影響もあるため12時10分ごろまで船内にいることになる。そこから赤レンガ倉庫の見学などをするのであらば、昼食を食べることができるのは14時ごろまで延期してしまうかもしれない。


 しかし、その気持ちも痛いほどわかる。この船は昭和年代の船。1930年にもかかわらず未だリベット打ちであるものの、これはこの頃に発生した第四艦隊事件のことが尾を引いていると考えられなくもない。しかしながら、第四艦隊事件は昭和10年である。昭和10年といえば1935年。未だ起きていない。なぜ部分溶接方式すらも使われていないのか疑問に思ったが、館内にはその疑惑を解消する看板などがあるかもしれない。入場料金は高校生以下200円と、払えなくもない金額だ。それら種々の条件も吟味して入船することに決めた。同行者はリクトン、リキュー、そしてイマンモから活動記録用の写真を撮影するため送り出されたemmanmo。(第四艦隊事件とは、演習中の第四艦隊が大型台風に遭遇し駆逐艦2隻の艦首が波浪によって切断されるなどした事件。それらの艦が溶接法を取り入れていたためそれが原因とされた。同様に昭和9年に転覆した「友鶴」もそれを取り入れていたようないなかったような……詳しくは吉村昭の「艦首切断」及び「顛覆」参照)〉

〈皆がその間外で日にあたって待っているため、はじめは数十分で見学を終えるつもりだった。しかし、思ったよりも艦内は広い。甲板、操舵室、機関室。病室に船医室、艦長室、士官室、士官食堂など、部屋の数は百数十とまで言うことができるように思われた。当然、それらを巡るには数十分程度では済まない。階段を上って、操舵室(正確には前部航海船橋)へと入る。階段を下り、甲板へ向かう。階段を降り、船内へと入る。そして士官室や艦長室などを巡っていき、通信室にてモールス信号を打っていたとき。イマンモからemmanmoに電話がかかってきた。家に帰ってから気付いたのだが僕の携帯にも着信履歴があったためおそらくはずっと連絡を取ろうと試み続けていたのだろう。曰く、既に入艦してから1時間が経っており、未だに出てこない僕たちに対して皆が反感を募らせあわや暴動がおこるかもしれないとのこと。それは大変だ、早く降りなければならないと思いつつもその要所要所にて何度も立ち止まることになってしまう。その結果、降りたときすでに皆の姿はなかった。以下、日本丸内部の写真いくつか。〉


※そして、下は「乗船組」のメンバーを外で待つ他の面々。最初は芝生でのんびりしていたものの、やがで飽きてくると、「とっとと次に行こうぜイマンモー!!」の大合唱に。。。だから、みんな日本丸に乗れば良かったのに。


〈わざわざ待っていてくれたイマンモと、2人で近場の遊園地を見に行っていたというカッパくん・χαοσと合流し、汽車道を通って後を追う。「日本で最初に汽車が通っていた場所を知っているかい?いいや、そうじゃない。新橋-横浜間のごく短いところだったんだ。そして、その線路の跡がこれだよ」と解説をしてくれるイマンモの話を聞いていたのはいったい何人ほどだったのだろう。皆は4月とは思えない暑さに呻吟していたのだ。なお、先年にここへ来たのも4月だというのに陽がほとんど出ず気温もそこそこ低く強風が吹き荒れていたため(龍角散のいたずらによってイマンモの帽子が海風にさらわれるも勇猛果敢な誰かが飛びつくことでなんとか海上に転落することを免れたという思い出もある)今日のように死んだ目をさせられることなどなかった。〉


〈燦燦と降り注ぐ日差しから逃げるようにして足を速め、赤レンガ倉庫の影に入るべく汽車道を渡り切った。そうして倉庫前にて屯していた皆と合流、その勢いのまま昨年も向かった朝鮮不審船展示館もしくは横浜港大さん橋ターミナルへと向かうものだと思っていた。しかし。現実は無常である。僕たちが日本丸に籠っていた時間は1時間ほど。それに電車の遅延、集合場所の位置も相まって既に1時ごろ。いまから向かっていたのでは昼食を摂る時間は2時、解散予定時間3時に合わせるためには中華街へ行くことはできない。そうなれば確実に暴動がおこる。いまのうちに昼食を終わらせておかなければならないことに気が付いたため、慌てて近場の公園のベンチを占拠。弁当を広げて皆を待つことなく食べ始める。早々と食事が進み、あと少しで食べ終わるといったころ。因縁の相手が上空に飛来した。直ちに付近にいたカラスがなわばりを侵犯した敵に襲い掛かる。けれども、カラスと鳶。どちらが強いかなど一目瞭然だ。なにせ飛行技術はカラスを圧倒し、体格も鳶の方が上、爪などカラスとは比べ物にならないほどに鋭いものを持っている。そんな奴らの狙いは確実に、僕たちの弁当だろう。幸い今回は龍角散は欠席しているが、だからといって危険性が零であると思い込んでしまっていた僕たちはまだまだ甘かったといえる。〉


〈昨年末に比べればまだまだ安全と呼べる範疇ではある。が、昨年末の三笠公園へといったことのあるメンバーは皆、恐れおののいていた。あんな経験は早々忘れられるものではない。鳶から逃げるようにして弁当を食い終わると、未だ食事中のメンバーのために今どこを飛んでいるのか敵情を報告する。かくして一時はどうなるかとも思われた鳶の襲来も被害をそれほど出さぬまま収束し—幾人かが驚いて手に持っていたものを放してしまいそれが風に吹かれて飛んで行ってしまったことは何度もあったが—皆がそこで遊んでいる間に残りのメンバーも食事を終了、さっそく中継地点の「山下公園」へ向けて出発する。途中で海をなんのけなしにのぞき込んでみたのだが、驚いたことに海は真っ赤に染まっている。赤潮か、しかし横浜港付近で漁がし辛くなったという情報は誰も持っていなかった。一体どういうことだ。それに、赤潮だというのに釣り糸を垂れている釣り人のなんと多いことか……本当に、釣れるのだろうか?〉


〈てくてくと歩くうちにメンバーは自然と二分された。イマンモのグループと、それ以外のメンバーとに。イマンモは足を骨折しているといいながらも歩く速度は全く衰えていない。これならば来週予定している活動も大丈夫そうだと思いつつもはるか後方へと引き離されてしまったメンバー達を慮って無事たどり着くことができるか憂慮の念を深くする。いざ山下公園へと到着したときにイマンモに従ってきていたのは僕、emmanmo、カッパくん、χαοσ、ソースの5名であったが、他のメンバーは待てど暮らせど一向に姿を現さない。これはもしや、本当に迷子になっているのではないかと赤レンガ倉庫に比べてあまりにも近くを飛ぶためとても大きくとても多く見える鳶を観察しながら思った。〉

※山下公園の写真を撮り忘れたので、赤レンガ倉庫前の写真を一枚挿入。


〈幸い欠員を一人も出すことなくメンバーは全員が山下公園へと集合、そこでただちに班を2つにわける―誰かさんがとあるところで時間をつぶしていたことによって深刻な遅れが生じているとか。現在の時間は14時であるが15時には元町中華街駅へと集合しなければならないという。なんでもとあるメンバーの通う定時制高校では給食を食べることができる時間が決まっていて、15時に駅に入ることができなければ給食の存在故に昼食を食い渋っていたそのメンバーは2食も抜くことになってしまうのだとか。こんな状況になったおおもとの原因はどこかの誰かがとある船に乗り組んだからなどと巷ではささやかれているが……一体それはどこの誰なのか―ことになる。すなわち中華街へ行くメンバーと、それ以外のメンバーとだ。結局僕は中華街へは行かないこととして決定したのだが、見事に分かれたグループには思わず眼を瞠ってしまった。中華街行きのメンバーはイマンモとボートさんの引率による8名。それに対して居残ることを選んだメンバーはレイセンと同行。その数はたったの3名……僕、ソース、ヨッシーで3人。レイセンを足しても4人しかいない。


 こんなメンバーで何ができるというのか。とりあえず歩きながら考えることにして立ち上がったとき、思わず瞠目してしまう光景が目に飛び込んできた。昨年は、あんなにも並んでいたことによって入艦をあきらめた「氷川丸」。その時は外から見るだけにとどめていたが、なんと人混みが全く見えてこない。まさか、今年こそは、入れるのではないか?


 ここにヒルネットが来るのは、僕が来るよりはるか昔から数えて5,6回は確実にあるのだろう。しかしながら、その中で一度も氷川丸に入ったことはないのだとレイセンは言う。


 ならばちょうどいい。人が大勢やって来る前に入ることにしよう。先ほどから大勢の学生が付近をうろついている事であるし、彼らが入ってこないとも限らない。そんなこんなで混んでしまう前に見ることにしよう。そんな氷川丸だが、驚くべきことに入艦料は日本丸の半分しかかからない。子供100円、大人300円。これだけでも安いうえに、なんと特定のカードを持っていれば割引が効くのだという。レイセンがたまたまそれを持っていたため提示して、250円で入ることに成功していた。〉

〈ここから先は残念なことに写真がないのだが、艦内のいろいろな場所を見て回った。なにせ、氷川丸は日本ではかなり古い客船。チャップリンも乗ったという船だ。日本丸とは比べ物にならないほどに広い。そして何よりも気に入ったことがある。この船は、ドックに係留されている日本丸とは異なり桟橋に係留されているような状態であるため波に乗って揺れるのだ。これが、本当に海の上にいるというような感覚がとても心地よい。


 船長室、操舵室や3等・2等・1等・特等の客室などを見ているうちに、時間が切迫してきてしまった。もとより見学時間40分というのはかなり無茶があったのだ。最後に大急ぎで機関室を見に行き、喫水線の位置も確認した。なにせこの船は3回も触雷しているのだ。見ていて思ったが、もし機関室に雷撃か何かを受けてしまったのならばたちまちにして爆沈することだろう。そうしてもしそうなったならばたちまちのうちに浸水するため、すぐさま甲板へと上がろうとしても途中で捕まり溺死することは疑いようがない。「陸奥」爆沈時にも艦の下部にいた人は誰も脱出できなかったというが……


 その後時間が6分しか残らなかったため大急ぎで山下公園を出る。何度か道に迷いかけたものの集合時間15時ぴったりに駅に到着することができた。一部ではぎりぎりに来たことに非難の声が上がりかけていたようだが、それがどうしたことか。間に合ったのだからよいではないか。もっとも、万一遅れていたとすれば確実に置いていかれていたろうから、次からはもっと早くに到着することとしよう。


 以下は、その間に横浜中華街を散策していたメンバーたちの写真。日本丸と氷川丸、両方に乗船した僕についてだれかが物珍しげに語っていたが、そもそも乗らない皆の方が少し変わっているのではないか?どっちみち動かないでいるには変わりないし、日本丸は200円で入ることができたのに。〉

※いや、中華街も楽しかったっすよ。1時間はちょうど多少の食べ歩きしてお土産買うのにするのに良い時間でした。

でも、タピオカティーって、なんでタピオカ入れなきゃいけないんすかね。タピオカない方が美味しいのに。。。(個人的に感想)


と、こんな感じだった先週のヒルネット。

今週は天気が良ければ昭和記念公園に出かける予定だけれども、どうなることか。


ともあれ、教室活動もお出かけ活動も楽しくのんびりやっていきまーす。

それではそれでは!

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