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古地図で東京=江戸を探訪!

どうもどうも。


さて、前回の活動報告で書いた通り、今週木曜のフィールドワークでは、古地図を見ながら東京駅周辺の街を歩いて、江戸時代からの変化を探求しました。 この日は見学の女の子と飛び入り小五女子も参加。僕とレイ先生含め、総勢6名での活動です。


まずは東京駅の八重洲中央口に集合! 教室で古地図を見た際の最初の疑問、「八重洲ってそもそも何?」という疑問を解くため、八重洲地下街にあるという、由来の書かれた彫像を探します。 ところが、なんてこったい! 実はこの日、活動の最初の方を、うっかり者の僕は写真におさめるのを忘れ去っておりました……。


が、そんなこととは関係なく、探求はどんどん進む。 「八重洲」の謎、ヤン・ヨーステン像を案内のお姉さんに聞いて見事発見!(そう、「八重洲」って地名は徳川期のオランダ人、ヤン・ヨーステンにちなんだものだったんですね)


次に東京駅周辺の消えた川、というかお濠の現在の姿を確認しに行きます。




えっと右の写真は実際はもっと後の時間、皇居を目指している時の写真なんですが、「雰囲気」感じてもらうために貼っときます……。


さてさて、まず確認できたのは、「外堀通り」! こいつが古地図の一番左よりにある「お濠」の後であることを確認します。 っと、確認しますと言いながら、なかなか本当にそれが濠だったことが実感できない一同。 そこで古地図にある、左から二番目の川(濠)がどうなっているかを見に行きました。


……が、ない! 川がない!(写真もない!)

なんと今も橋だけは存在するその場所には、川の代わりに高速道路が走っておりました……。


気を取り直しつつ、一同は次に、この日一番の探求目標、「日本橋」の現在の姿を見に行くことに。 前回のフィールドワーク「江戸東京博物館」で江戸時代日本橋の原寸大模型を目にしているメンバー。

「流石にもう木造ではないわな」

「川も埋め立てられろるやろ」

「橋だけは観光用に残しとるんちゃう?」

「日本橋って地名だけ残っとる可能性もあるで」

なんて話をしながら歩いていきます。またそれを見ていないメンバーは、先週の写真や、かつての江戸日本橋の風景画なんかを見て期待を高めます。


……そして歩くこと30分弱。ついに到着!


どうしてこうなったのか……。

高速道路が橋ギリギリに覆い被さり、薄暗く、すっかり淀んだ光景に……。


いや、在京の大人の皆さんはきっと既に知っているだろう、この姿。 しかし、今回初めてこれを見た子どもたちは、やはりショックが大きかった模様。。。


後でメンバーに聞いても、この日一番ショックな光景だったと言っておりました。


さて、この段階で既に時計は12時を大きく回っておりました。

午前中から「腹減ったー」とうるさかったサクチャンの我慢も限界。 その辺で弁当を食べ出しそうだったのですが、なんとかこれを抑え、せめて多少は良い風景の中で食おうということで、皇居を目指しました。



無事(?)、皇居にてお弁当にありついた一同。

江戸時代の大名になった気分で皇居内を散策します。


江戸城本丸後の広場でしばし休憩。 天守閣後に登りました。が、跡地の危険防止の柵を内側に巡らしすぎだよ! あんまり景色とかは見えず……。


と、この辺りでタイムアップ! 名残は惜けれど、東京の街を後にしました。


今回は暑い中、歩きに歩き回ったフィールドワーク。 子どもたちもかなり疲れたようでしたが、その分、充実した内容になりました。

この「古地図を見ながら東京を歩く」シリーズは、できれば今後も続けていきたいと思います。

ただ、毎週はしんどいなあ。。

隔週、あるいは隔々週ぐらいでやれればいいですね。


それでは、それでは!

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